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021019

いつも喜んでいなさい

先日、教会のFさんが車に乗っている時に、後から走って来た車に追突され、 3メートルほど突き飛ばされて、前の車にぶつかって漸く止まりました。彼は真面目に 安全運転で走っていたのに、無謀運転の車にぶつけられて2〜3週間入院する羽目に なってしまいました。

最初、彼から電話が来た時は、彼は憤慨し、幾らか相手に 対して憤っているように思えました。無理もないことです、まさに青天の霹靂、 自分が翌日入院している姿など夢想だにしなかったことでしょう。

しかし、心配して夕方電話した時は、彼の声は明るくすっかり平安を取り戻し、 「この事故を通して、神様が私に安息を与えてくださったんだと思います。」と 言っていました。

聖書には、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。全ての事について、 感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなた方に望んで おられる事です。」(Tテサロニケ5;16〜18)とあります。

何も問題がなく、順風満帆の時は、この御言葉はさして難しいものでは ないでしょう。しかし、ひとたび困難な問題に直面したり、理不尽な目に遇ったりすると、 慕わしかったこの御言葉が非常に冷たく、無常なものに見えて来ます。

しかし、この御言葉はそんな時にこそ、真に必要なみ言葉なのです。 「いつも」、「絶えず」、「すべての事に」とは「どんな条件下でも」という意味であり 例外はありません。すなわち、私たちが憤ったり、落ち込んだりして喜びが心から 奪われた時こそ、喜びと、祈りと感謝を必要としている時なのです。

「陽気な心は健康を良くし、陰気な心は骨を枯らす。」 (箴言17;22)

私たちの心が喜びを失うと、祝福が失われ益々悪い方に落ちていきます。 私たちの人生が逆回転を始めた時は、すぐに気付いて前向きに回転を変えなければ なりません。深みに入る前に方向を変えるのです。感情は意思に従うものです。

しかし、聖書はただ闇雲に喜び、感謝せよと言っているのではありません。 神様は根拠もないのに無理やり何かをさせるようなお方ではありません。

聖書は約束した事に責任を持ちます。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された 人々のためには、すべてのことを働かせて益としてくださることを、 私たちは知っています。」(ローマ8;28)

Fさんは、安全運転していたにもかかわらず、事故にあって入院する事に なりました。ぶつぶつ不平や文句を言っていても仕方ないような状況下で、 神様に信頼し、感謝を始めました。彼は必ず神様の恵みの逆転を経験する ことでしょう。

信仰とは神様との信頼関係です。み言葉を信じて行う時に、そのみ言葉が力を 持って働き始めるのです。神を信じ、み言葉の真実を体験しましょう。


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