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050821

私の夏休みの思い出

妻と町を車で走りながら、「夏休みだというのに子供たちをほとんど見かけないね」と話しました。町に子供たちの黄色い声が 聞こえないと寂しさを感じます。しかし時々、朝子供たちが首からカードをぶら提げてラジオ体操に行く姿を、2階の窓から見かけると、 嬉しくなります。町に子供たちがいるだけでなんとなくあたりが明るく感じられます。

私が子供のころは昼間、家の中にいる子供はまずいませんでした。いろいろなところから子供達の歓声が聞こえました。 それは木の上だったり、川べりだったり、時には竹やぶの中からだったり、いたるところに子供達があふれていました。尤も、 少子化の今と違って、団塊の世代だったこともあるでしょうが。

私の場合は朝6時過ぎには家を出て小学校の校庭に行き、すぐ皆でソフトボールを始めました。途中、ラジオ体操をはさんで、 またソフトボールを再開します。

途中で朝食に帰る子もいましたが、私は帰らないで昼前まで夢中で遊びました。朝食を食べるより遊ぶほうが楽しかったのです。 もっとも朝の10時までは宿題をしなさいと母にきつく言われていたことも大きな原因ではありましたが。

しかし、時々は母に連れ戻されて、机の前に座らされることもありました。特に夏休みも終わりに近づくとその回数も 多くなりました。ただ、ラジオ体操に行くことを禁じられたことはなかったように思います。

私は3人兄弟の真ん中で、兄や弟と違い、勉強が大嫌いでした。ほかの二人はラジオ体操が終わると家に帰り、宿題も やっていたようです。しかし、私は夏休みの宿題をまともに終わらせたことはありませんでした。

夏休みも終盤になると母が宿題の終わり具合をチェックします。ほとんど残っているのを見付けられると、母が横に着いていて やらされます。後で私が大きくなってから聞かされたことですが、母は私が逃げないように トイレに行くのも我慢していたというのです。

ある時、私は宿題を半分しかしなくて良い、素晴らしい方法を思いつきました。それは問題を一問おきにしていくのです。 母が見た時どのページも鉛筆の後が見え、ちょっと見ただけでは分からないはずです。

母が宿題を持って来なさいといった時、「今年はもう終わっているよ。」と答えました。「うそを言いなさい。持ってきて見せなさい。」 と、うさんくさそうに言います。わたしはばれないように注意しながら、母の前で宿題をぱらぱらとめくって見せました。

すると、母は「あら本当だね。いつやったの。」と驚いて聞いてきました。大成功です。これで今年は大手を振って毎日 遊びにいけます。喜んで遊びに行き、夕方帰ってくると母の険しい顔つきが待っていました。

母は私が遊びに行った後、もう一度宿題を見返してみて事実を知ったようです。怒られるのを覚悟していたら、以外にも余り きつく怒られませんでした。あきれて怒る元気もなくなったのか、騙された自分がふがいなかったのかそこはいまだに分かりません。

こんな私も救いを体験してからは、どんなことでも神が見ておられること、そして人は自分のした罪を必ず刈り取らなければ ならないことを知り、罪を嫌うようになりました。

思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、 その刈り取りもすることになります。ガラテヤ6:7
神は、ひとりひとりに、その人の行いに従って報いをお与えになります。 ローマ2:6

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