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060430

「アドナイ・エレ」苦労話

私たちの教会では日曜日ごとに「週報」を発行します。A4サイズの表裏で2枚折の4面に、その日の礼拝プログラムや集会等の お知らせ、またその日の礼拝メッセージで使う聖句などを載せています。そして、その中の1ページを私が「アドナイ・エレ」という題で その1週間に感じたことなどを短く書いて載せることにしています。

以前は聖書の御言葉から、その具体的な説明を書いていました。そうすると、テーマが直ぐ決まるので比較的短時間で書き上げる ことができました。しかし、教会員の様子を見ているとどうも余り読まれていないようなのです。

そこで、5年程前から思い切って形態を変え、身近な出来事から、また私が感じたことや新聞をにぎわしている事件などを題材に 書くようにし、聖書の御言葉で締め括るようにしました。すると、教会員が日曜日教会に来て、礼拝が始まる前に熱心に読んでくれて いるのを見かけるようになりました。書いてる私としては嬉しい限りです。

また、週報をたくさん持って帰って、身近な人に配って読んでもらっている人も出てきました。教会外の人々も身近な出来事が 載っているので、気楽に読んでくださるようです。毎週、教会員の数よりもかなり多く刷るのですが、ほとんどなくなってしまいます。 しかし時々、たくさん残っていることもあります。その時は今回のアドナイ・エレは滑ったなと素直に反省するようにしています。

今日、3男(高校3年)の中学2年時に、担任してくださった市薗先生が、教会まで週報のお礼に来て下さいました。先生には 息子の担任をしていただいている間、毎週息子を通して週報を渡しておりました。すると、有難いことに、先生は毎週楽しみに 読んでくださり、1年分の週報を大切に綴って保管しておられるということでした。それで、息子が卒業した今でも、先生分として 毎週取っておいて、時々持って行かせていただくようにしておりました。

今回も教会のモンタナ先生(中学で英語を教えている)にお願いして、市薗先生に数週間分を渡していただきました。それで、今日は そのお礼に寄ってくださったということでした。このように、読んでくださる方がおられるとつたない文章ながら書き甲斐が 出てきます。

また、3男を通してこの教会のホームページにも「今週のひとこと」として入れてもらっています。遠方の方々からも反響があって びっくりします。以前はアメリカに住んでいる日系何世かの方から日本語の勉強に読んでいますとのメールをいただき恐縮しました。 私は国語力とかは、余りないのでかなり心配です。「余り信用しないで、他のものでも勉強してね」と言いたいです。

さて、3男がホームページに載せる前に、私の文章を読み、それにふさわしい副題をつけるのですが、良く「何を言いたいのか、 聖句とどう関係あるのかわからない」と不平を言ってきます。私のほうも、無理やり聖句と結び付けたりするので、彼の苦言は良く 分かり、反論できません。だから、「適当に書いてて」といい加減なことを言って逃れます。

以前と違ってテーマが決まるまでいつも悩みます。また、文章が書けても聖句を引いてくるのに、さらに一苦労します。よく毎週 書けてるなと自分でも不思議なぐらいの綱渡りをしているのです。しかし、これを通して一般の方が、少しでも聖書の御言葉に触れて くださることはとても嬉しいことです。御言葉それ自体にすごく魅力や力があるから、御言葉だけでも是非味わっていただきたいと 思っています。毎週悩みながら、これからも是非このコーナーは続けて行きたいと思います。

あなたの御言葉は、私の足のともし火、私の道の光です。詩篇119:105
もしあなたのみ教えが私の喜びでなかったら、私は自分の悩みの中で滅んでいたでしょう。 私はあなたの戒めを決して忘れません。それによって、あなたは私を生かしてくださったからです。 詩篇119:92〜93

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