060917
家庭教育研究会での講演
先日、喜入町の家庭教育研究会での講演を依頼されて、喜入公民館でお話させていただきました。研究会には、喜入町内の各小学校と 中学校の校長先生、教頭先生や幼稚園、保育園の園長先生など教育に携わっておられる専門の先生方など百数十名の方々が 集われました。
このような立派な教育関係の専門の方々を前に家庭教育のお話をするなんて、おこがましいと思いながらも、図々しくも自分の 考えていること、体験したことなど約1時間半にわたって語らせていただきました。
講演後は思いのほか好評で、講師控え室に主催者に連れられていく間にも何人かの先生方に声をかけていただきました。講演後の 質問コーナーで食育について質問されたある小学校の校長先生からは、的を得た回答だった旨仰って頂きました。また今年、近くの 小学校に赴任してこられた校長先生が、「今日は素晴らしいお話をありがとうございました。名刺の裏に感想を書かせて いただきました。」と名刺を下さいました。
そのときはバタバタして見る時間がなかったので、家に帰ってから読ませていただきましたら、それには、「ほめ方や叱り方の話は とても多いのですが、その根底に存在すべき精神論に触れていたので興味深く聞けました。」と書かれていました。
また、妻の方も他の校長先生から、「今日の講演で勇気をいただいたので、明日のお母さん方の集まりで、家庭教育について、 自立について自信もって語らせていただきます。」と言われたそうです。
教育委員会のほうにもたくさんのお褒めの感想をいただいていると言われるにつけ、神様の恵みの大きさを思わずには いられません。
私自身は小さな力のない存在です。これは私が一番知っています。ですから自分が誇れることは何にもありません。ただ能力のない この私を選び、主の栄光を現して下さったことを喜びたいと思います。
兄弟たち、あなた方の召しのことを考えて御覧なさい。この世の知者は多くはなく、権力者も 多くはなく、身分の高い者も多くはありません。・・・また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。 すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しい者を選ばれたのです。これは、神のみ前で誰も誇らせないためです。 Tコリント1:26,・・29
もし、私が知者だったらすべての栄光を自分のものにして仕舞ったでしょう。しかし、私が取るに足りない者であるがゆえに、 主は私を選び真理を伝えるべくこの小さな者を、立派な方々の前で用いてくださったのです。
やがては、出席されてお話を聞いてくださった方々が、私の背後で神様が働いてくださったことを知り、神の栄光が讃えられるように なりますように心からお祈りします。
私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のもので あって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。Uコリント4:7
知恵と誉れは主のもの、主に栄光をお返しします。