061203
物を大切に
早いもので今年ももう師走を迎えました。教会の会堂もすっかりクリスマスの飾り一色になり、玄関前の木に取り付けた電飾の光が 今年もチカチカと輝きを放ち始めました。しかし、教会の近所には今年は2軒も、家の周りが色とりどりの光で、煌々と輝く イルミネーションで飾られたお家が出現しました。
さて、先日妻から頼まれて押入れの奥に積まれたタッパーケースを引っ張り出しました。それを開けてみると、3男が赤ちゃんの 頃からの可愛い洋服がきれいに整理されて入っていました。ちっちゃい、ちっちゃいセーラーマンの洋服や妻が編んだ手作りの可愛い セーターなどを見ていると、それを着て遊んでいた可愛かった3男の当時の姿が、ついこの前のように思い浮かんできます。
月日の経つのは早いもので、その3男も来年の4月にはもう大学生(予定)、今では私より背が高くなって、時々「お父さん。髭剃り 貸して。」と野太い声で言ってくるようになりました。
妻が何故、突然彼の赤ちゃん時代の洋服を取り出して整理し始めたかと言うと、来年の始めに長男の所に赤ちゃんが生まれるので、 それらを送るためだったのです。彼女はこの時のために15年以上もこれらのものを大事に取って置いたのでした。
彼女のこのように、物を大切にする姿勢にはいつも驚かされます。3男の高校入学の時は高校の学生服が押入れから何着も出てきま した。5歳違いの次男の時の制服だけでなく、13歳も違う長男の時の制服もきれいにして取ってありました。長男の制服は彼の卒業後、 次男が3年間着たもので、さすがにそれだけは今の制服とは少し型が変わっていて、学校から着用の許可は下りませんでした。
しかし、長男のときの制服を取って置いたところで、次男・3男が同じ高校に入れるとも限りません。それなのに、そんなことは お構いなしに、それらのものを大切にしまって置く彼女の姿勢にはいつも感心させられます。彼女の洋服は10年前のものでも、買った ばかりの物のようにきれいにしています。買ったばかりの服を直ぐ10年前に買った物のようによれよれにして仕舞う私の場合とは 大違いです。
私だけでなく、今の日本の大量生産、大量消費の姿勢は改めなければならないと思います。ごみステーションにはまだ使えそうな 品物がたくさん捨ててあります。テレビでもカセットデッキでも修理に出すと、「買い換えた方が安いですよ。」と言われてしまいます。 昔の日本はそうではありませんでした。何でも修理しては使い、修理しては使いして、とことん悪くなるまで大事に物を使っていました。 世界的に資源が枯渇していく中、今一度昔のように物を大切にする習慣を身につけていかなければいけない気がします。
知恵のある者の住まいには、好ましい財宝と油がある。しかし、愚かな者はこれを飲み尽くす。 箴言21:20
計画的に物を蓄えないで、後ですべてがなくなってからじたばたすることがない様に、 すべての資源を大切にしていきたいものです。