070204
相手の立場になって考える
このところ月1回の割合で「世界の飢餓について」のお話を各地でさせていただけていることを感謝しています。11月には喜入 小学校で6年生70人ほどに飢餓で苦しむ人たちのお話をしました。実は毎年、食料デー鹿児島大会が行われるときに、大会講師として 来て下さった先生にお話しに来ていただいていたのですが、今回はちょうど修学旅行と重なったので、私がお話しに行かせていただく ことになったのです。いつも登校の時、挨拶をしてハイタッチしていく陽気な子供たちが神妙な顔でお話を聞き、飢餓の国のことを真剣に 考えてくれたことが嬉しかったです。
また、12月には西指宿中学校で行なわれた『人権同和教育講演会』でお話させていただきました。そこでは、世界の飢餓の現状と 私たちとのかかわりについてお話しました。『世界の食料生産量は十分足りている。しかし、分配が平等に行なわれていないことが 問題だ』というFAO(国連食糧農業機関)の発表を紹介し、飢餓は私たちと関わりのない所で起こっているのではないこと、そして、 私たちが贅沢をし、食べ物を捨てることが結果的には貧しい国の人々の人権を侵害していること等を話しました。その後に、妻がいじめの 問題について体験を通して具体的なお話をさせていただきました。そのときの子ども達の感想文をいただきましたのでそのひとつを 紹介します。
『佐多さんのお話はとてもためになりました。今でも飢餓や栄養失調等で命を落としている人がいると聞いたとき、胸が痛みました。 私は日本人はとてもぜいたくな方なんだと実感しました。奥さんのAさんとB君の話も人権についてふさわしいものだと思いました。 「臭い」や「気が強い」などの理由だけで人を傷つけて良いとは限りません。私はいじめられた方もかわいそうだけど、いじめた方も かわいそうだと思いました。そんないじめる心しかないなんて・・・。人権同和の講演会はとてもためになりました。』
毎回、子ども達の感想文を読むたびに、子ども達の純粋な心に感動させられます。このような心を大切に育てて行くような教育を 私たち大人はもっと考えていく必要があると思いました。
そして、1月は『食とみどり、水を守る鹿児島県民の会』でお話をさせていただきました。そこは、鹿児島大学の農学部の先生が 代表となっておられ『アジア・アフリカ支援米活動』というのをもう20年も行なっておられるということでした。具体的には休耕田を 借りて、会員が田植えから稲刈りまでをされて、収穫したお米をアジアやアフリカの開発途上国に送り、主に給食のご飯として使って いただいているということでした。私が『世界の食糧事情と私たち』という題でお話させていただくと、具体的な質問が幾つかあり、 集会後は何人かが話しかけてきてくださいました。出席された大学の先生も学生達にお話したいと言ってくださいました。
実は、自分達でお米を作るというような時間と手間のかかる活動をするより、現金を集めて送ったほうが効率は良いのかもしれません。 しかし、援助の働きで重要なことは、助けてあげるという上から下への発想ではなく、共に生きるという心で相手のことを思いやること だと思います。給食で喜んで食べてくれている飢餓の国の子供たちのことを思い浮べながら田植えをし、稲刈りをすることは素晴らしい ことだと感動しました。
それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。 これが律法であり、預言者です。マタイ7:12
飢餓問題にしても、人権問題にしても、相手のことを良く知り、思いやりを持って接していけるようになりたいと思います。