080309
幸せですか?
長男が中学生のころ、「お父さん、世界で一番幸せな人は誰だと思う?」と聞いてきたことがありました。私が「えっ、世界一幸せな人?誰だろうな。」と 言いながら考え込みました。すると、長男が「それはね、自分が世界で一番幸せだと思っている人だよ。」と答えました。
私は「なあーんだ。そんな答えなのか。」と言いましたが、よく考えると確かにそうだなと思わされました。
例えば、大富豪の家に生まれて、広い庭やプールつきの豪華な邸宅で生活し、数十万円もするランドセルを背負い(近頃はそういう物まで売られていると いうから驚きです)、朝からグルメな食事を摂り、お抱え運転手からベンツやロールスロイスで学校へのおくり迎えをしてもらって、贅沢の限りを尽くして いても幸せを感じない人はいるだろうと思います。
一方、3食満足に食べられないような貧しい生活をし、みすぼらし衣服を着て、小さな家に家族で肩を寄せ合って生活しても幸せを感じる人もいること でしょう。
先ごろある牧師から次のような話を聞きました。世界の子供たちに「あなたは幸せですか?」と聞いて、「はい、幸せです。」と答えた人が多い順に ランク付けをした国別統計があったそうです。それで、「幸せです」と答えた人が一番多かったのがバングラデッシュで、日本は「幸せでない」と答えた子が 多く、ほとんど最下位の方だったと言うのです。
それを聞いて、日本の子が「幸せじゃない」と答えたというのは何となくわかるような気がしました。小学生から勉強の塾やいろいろな習い事に追われ、 学校に行くといじめの問題など嫌な事が沢山あり、家庭に帰ってもご両親は忙しくて、じっくり相手してもらえない情況では、良い家にすんで、素敵な物を 着て、おいしい物を食べてはいても、なかなか幸せを実感できないのではないかと思ったからです。
しかし、一方バングラデッシュというのは世界の飢餓問題の発祥の地です。今でも最も貧しい国の一つです。それなのに幸せだと答えた子が一番多かった とはどうしてだろうと思って、教えてくれた牧師に聞いてみました。すると、「家族が一緒におられること、今日も食事が食べられたことなどに幸せを 感じているのでしょう。」との答えでした。
思えば、私が小さいころは終戦後まもなくで日本はまだ貧しさのなかにありました。島に住んでいたせいもあって、まだどこの家にも水道はきていません でした。したがって、学校から帰った子供たちがまずする仕事は水汲みでした。家も板1枚で外と遮断されていて、所々木の節によって丸い穴が空いて いました。その節穴から隙間風が入り、冷たい風が家の中を通り過ぎていくような有様でした。
食事だって着るものだって今とは比べようがありません。貧しい食事に、みすぼらしい継ぎだらけの服を、みな着ていて、裸足で学校にくる子もいました。 しかし、自分たちが不幸せだとは全く思っていなかったように思います。友達と野原を駆け回っていたあの頃、「あなたは幸せですか?」と聞かれたらきっと 「はい幸せです。」と答えたと思うのです。
このことから、幸せとは何を着て、何を食べ、どんな家に住んでいるのか、という外側の条件によって決まることではないということ、また他人が決める ことでもなく、自分で決めるものなのだということを教えられます。
私たちは、どのような環境でも不平不満の方ではなく、明るい方を見て恵みに感謝しながら生きることを心掛けてまいりましょう。
心に喜びがあれば顔色を良くする。心に憂いがあれば気はふさぐ。悟りのある者の口は知識を求めるが、愚かな者の口は 愚かさを食い漁る。悩む者には毎日が不吉であるが、心に楽しみのある人には毎日が宴会である。僅かな物を持っていて主を恐れるのは、多くの財宝を 持っていて恐慌があるのに勝る。野菜を食べて愛し合うのは、肥えた牛を食べて憎み合うのに勝る。箴言15:13〜17