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080316

恵みは十分である

三男が落ち込んだ様子で、T大の受験を終えて帰ってきました。「どうしたのか?」と聞くと、「得意科目であり、点数を稼いでおきたい数学で今まで 犯したこともないようなミスを犯していたのを、その夜布団にもぐりこんでから気づいた。」と言うのです。「それで、二日目の理科でその分をとり戻そうと 焦ってしまって、理科までよく出来なかった。」と言うことでした。

そこで私が、「去年よりはできたと思うか。」と聞くと、「うん。去年よりはできていると思う。」と答えました。昨年もそれなりの点数は取れていた ので、「大丈夫。去年に比べたらだいぶ能力は上がっているので、心配しなくていいんじゃないか。」と励ましました。というのは、受験の後というのは 小さなミスが異様に大きく感じられ、落ち込みがちになることはよくあることだからです。

しかし、結果は不合格でした。やはり一流大学は少しのミスが命取りになるんだなと、世の中の厳しさを教えられました。彼の中にもお兄ちゃんたちが 現役で入れていたので、何とかなると甘く考えていた面があったのだと思います。

気を取り直し、親身になって教えてくださった、高校の先生方にお礼の挨拶に行きました。すると「合格する実力は十分あったのに残念だったね。」と 言われていました。

残念ですが、落ちたものは仕様がありません。うじうじ考えていないで、これからは如何に気持ちを切り替えられるかが肝心です。後期試験で地元の 国立大を受けたので、これからは地元でしっかり頑張ってほしいと思います。

感謝なことに私たちの人生は、トータルしてみないとわかりません。途中でいかに挫折しようと、それをどのように乗り越えて、成長できたかが重要です。 人格的な面では挫折や問題の中にある時こそ成長のチャンスなのです。

実を言うと今から40数年前、私は国立理系の受験勉強をしていました。受験シーズンになって、私立文系志望の友達が「福岡のS大を受けるんだけど、 一人で受験に行くのは寂しいから君も一緒に受けないか。」と言って同大の受験願書をくれました。私の志望とは全く違う私立文系の大学でしたが、良い イメージを持っていた大学だったので、練習のために一緒に受けに行くことにしました。

その後、国立大学を受験しましたが、能力が足りなくて落ちてしまい、行くところがなくなってS大に入学してしまったのです。そのことを長男が高校生に なったとき話したら、「そんないい加減なことで、人生を決めていいのか。」と言われてしまいました。確かに言われる通りです。

しかし、そこで妻と出会い、やがて結婚します。それがなかったら今の子供たちはいなかったことになります。また、その大学はミッションスクールだった こともあって、やがて夫婦で洗礼を受けることになり、子どもたちもクリスチャンになりました。

S大に行かなくて、妻と結婚しなかったら、私がクリスチャンになることもなかったと思うし、ましてや牧師になるなんて全くあり得ないことだったと 思います。

牧師の働きは大変なこともたくさんありますが、毎日が充実していて、私にとって天職だと思っています。今では、私は生れて来て最高の職に就くことが でき、最高の家族が得られたと喜んでいます。

人の心には多くの計画がある。しかし主のはかりごとだけが成る。箴言19:21
私はあなた方のために立てている計画をよく知っているからだ。―主の御告げ。―それはわざわいではなくて、平安を 与える計画であり、あなた方に将来と希望を与えるためのものだ。エレミヤ29:11

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