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080427

目標をはっきり

先日あるキリスト教のテレビ番組に、プロゴルファーの中島常幸プロが出演していました。そしてそこで、とっても興味深いことを話しておられました。 それは、ゴルフコースを回る時のプロとアマの違いに関することでした。

彼によると、スタート地点からはピンの位置が見えないホールがたくさんあるそうですが、そのような時、アマチュアはスタートからフェアウェイの 真ん中を狙ってボールを打って、ピンに近づいて行くそうです。しかし、プロは逆に先ずピンの位置を確認して、たとえば4でパー(4回で入れないと いけないという意味)の時は、グリーンのどこからホールを狙ったら入りやすいかを考え、そこにボールを持って行くためには、第3打をどこから打ったら いいかを考え、第3打をそこから打つためには第2打はどこから打ったらよいかを決めて、第3打を打ちやすい第2打地点に向かって第1打を打つという のです。

「なるほど」と頷ける話です。ただやみくもに打っていって、近くになってはじめてゴールの位置を確認してあわてるより、最初からゴール位置を 確認して、それに向かって確実に進んで行くことは、ゴルフに限らず大切なことだなと思いました。

たとえば、今アメリカのツアーで活躍している、宮里藍さんは小学校の時にすでに、将来はアメリカのツアーで回りたいとの目標を決めました。ゴールが はっきりしているので将来は英語で会話ができるようになるために、英語の勉強は特に身を入れて行いました。それで今、アメリカに行っても何不自由なく コミュニケーションがとれているのだそうです。

「ああ、私も、もっと若い時にはっきりとした目標をもっていたらよかったな。」とつくづく思います。私の人生はアマチュアゴルファーと同じで、 ゴールは分からないまま、ただ目先ばかりを見て、闇雲に過ごしてきたと反省させられています。そこで、半成人式など子供たちにお話しする機会が ある時は、「夢と希望をもってその目標に向かって努力しましょう。」と言うようにしています。

しかし、最も大切なことは、人生におけるゴールがはっきりすることです。その番組の中で、中島常幸氏も「人生のゴールである死から目をそらして、 充実した人生は送れない。」と言っていました。私も全く同感です。

フランスの諺に「太陽と死とは直視できない。」というのがあると読んだことがありますが、死は誰にでも必ず訪れる終着点です。太陽はともかくとして、 死はすべての人が直視しないといけないゴールなのです。どのように死ぬかがどのように生きるかを決定します。

聖書には「すべての人に一度死ぬことと死んだ後に裁きをうけることが定められている。」と書かれています。人殺しをしたり、銀行強盗をして、誰にも 見つからなくて、うまくやったとほくそ笑んでいても、神の前ではすべてが明らかにされて、正しい裁きがなされるのです。

思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることに なります。ガラテヤ6:7

しかし、残念ながら聖書には、すべての人が神の前では罪びとだと言及されています。そのような私たちの救い主として神の御子イエス様は人となって くださり、身代わりの死を遂げて下さいました。いま私たちはその恵みを救い主の身代わりの死を信じることによって受け取ることができます。神の愛と 恵みに感謝します。

主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。 ローマ4:25

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