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080622

秋葉原無差別殺傷事件

東京の歩行者天国でにぎわう秋葉原で25歳の青年が、人込みに向かってトラックで突っ込み、人々を車ではねた後、今度はナイフで周りの人々を次々と 刺して、計17人殺傷するという悲惨な事件が起きました。まれにみる凶悪な犯罪で、日本中を震撼させました。

取り調べによると彼は、「人を殺すため秋葉原に来た。世の中が嫌になった。生活に疲れてやった。誰でもよかった」と述べているということです。

私の小さい頃、日本は世界一安全な国と言われていました。もっとも、その当時それを聞いても特に感慨はありませんでしたが、今考えると人の痛みを 自分のものとすることがごく普通に行われていて、事件がないことが当たり前だと思っていたからでしょう。

しかし、残念ながら今や毎日のように殺人事件が報道されています。「なぜ日本はこんなにも変わってしまったのでしょうか?」。エチオピアで長年 活動されていた日本国際飢餓対策機構の森田氏は久しぶりに日本に帰って来て、事件の多さに驚き、「日本人が豊かになって物を粗末にするようになった時、 命をも粗末にするようになった。」と言っていました。なるほど、確かにそういう面もあるだろうなと思います。

また、豊かになるにつれて世の中が世知辛くなり、住み難くなってきたこともあると思います。すべては競争社会で、小さい頃からその中に飲み込まれ、 否応なしに競わされ評価されるようになってしまいました。その結果勝ち組、負け組という有り難くない言葉が生まれてしまいました。

そして、時流に乗れなくてはみ出してしまった人たちは、疎外感を持ち拒絶を感じるようになってしまい、やがては自分の存在価値を見失ってしまいます。

人が拒絶を感じると二つの反応が現れると言われます。一つは自己没入、つまり自分の価値を見失い自分の内に入ってしまい、自己憐憫、自己嫌悪、自己 憎悪、劣等感、憂鬱、悲しみ、絶望、そしてそれが進むとリスクカッターや自殺という方向に走ってしまいます。

もう一つの反応は反抗と言われるものです。強引に自分の価値を周りに認めさせようとするのです。批判的になり、攻撃的、恨み、憎しみ、さばきが強く なり、自分が間違っていることを認めなくなります。最終的は犯罪に走ります。

先の事件を起こした容疑者は、小学校、中学校までは優等生で、親に認められ、先生や友人に認められ、自分の存在価値を感じていました。そして、地方で 有名な進学校に進みましたが、そこで大きな挫折を経験します。成績も芳しくなく、短大に進み中小企業に入社します。

彼の中には「自分はこんな所にいるような人間じゃない。」「お前たちとは違う。」との思いがあり、周りとうまくやっていけなくなり、仕事にも 打ち込めなくなって、転々と職を変えたのではないかと思います。

仕事は失う、車のローンは払えない、家には帰れない、生きていても良いことはないとの思いで、自分をこのようにした社会を憎み、楽しそうにしている 人々を憎んで、自分の価値を認めさせるために、大きなことをやらかそうとして、凶行に走ってしまったのではないかと思います。ワイドショーを自分の犯行で 独占したいとの書き込みからもそれらを感じられます。

しかし、悲しいことに彼のような犯罪予備軍はまだたくさんいると言われています。みな自分の存在価値を喪失した人々です。それは競争社会の中で人の 評価によって自分の価値を評価しているからです。私たちの正しい評価は、私たちを造られた創造主なる神様によって決まるのです。

神さまは重荷を負って苦しむすべての人の救いのために、ご自分のひとり子を賜うほどに、私たち一人一人を愛して下さいました。これはすべての人が 知るべき真理です。次に神様はあなたをどのように見ているか、次の神の御言葉を自分に語りかけるように口に出して、じっくり味わっていただきたいと 思います。

私の目には、あなたは高価で尊い。私はあなたを愛している。イザヤ43:4

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