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091227

クリスマスの行事を終えて

今年も早くから企画し準備したクリスマスの各行事を恵みのうちに終えることができました。毎年終わってみると、もっと早くから準備していれば良かったとか、 あそこはこうしたら良かったとか反省もたくさん出てきますが、一先ず、すべてを無事終えたことに安どしています。

まず、12月15日会場を借りてクリスマスコンサートを行いました。韓国からプロのゴスペルバンド6人の方々を迎えてのはじめての教会外で行われたコンサート でした。寒くて雨が降りしきる悪天候にもかかわらず、100名以上の方々が集って来てくださり、本格的な生演奏を堪能していただくことが出来たことを感謝して います。

次に、クリスマス礼拝が12月20日に行われました。まず、教会員が主のご降誕を心から感謝し、喜ぶことがすべての行事に先立つものと、栄光を捨てて私たちの 救いのために、すなわち私たちの罪の身代わりとなって十字架につくために、人となって生まれてきて下さった、神のみ子に思いを馳せるように、メッセージをさせて 戴きました。

また、クリスマス礼拝にはアメリカで、当教会のホームページを見てくださっておられた方が一時帰国されて、お母様と娘さんを連れて車で1時間半ぐらいかけて 来て下さいました。彼女は今回、アメリカの大学に通っておられる娘さんと一緒に帰国され、鹿児島に住んでおられるお母様との再会を楽しんでおられる様子でした。 アメリカでも当教会のホームページを見ていただけていることを感謝しました。

礼拝後のクリスマス愛さん会も姉妹方がたくさんの美味しい食べ物を準備してくださり、ご飯もパウンドケーキ等も果物も食べきらないほどたくさんでした。

さらに、その日の午後に行われた子供クリスマス会は、教会の前にある広い集会場も借りて、学年別に分かれて楽しい交わりが出来るように万全の準備をしていました が、当日は寒さに加えてスポーツ少年団の大会や集落の様々な行事等が重なり、子供たちの出席が少なくて、会堂と母子室だけで間に合い、会場を使うことなく終わり、 少し残念でした。しかし、集会自体は皆の協力で充実したものになったと思います。

最後に12月24日の午後に、頴娃町でクリスマス会が集会場を借りて行われました。会場は建物自体は少し古い物でしたが、駐車場も広く、たくさんの部屋に 分かれており、集会場も広くて良い所でした。やがてこういう所を借りて、ここでも礼拝が出来るようになったら良いなと思いつつ見ました。

頴娃町でのクリスマス会には子供たちだけでなく年配の方々もおいで下さいました。集会では、まずキーボードの演奏にあわせて皆でクリスマスソングを歌いました。 その後、聖書のビデオやマジック、それに指体操やゲームなどが行われ、楽しい時を過ごしました。私もゲストとして「真のクリスマス」という題でイエス様のご降誕の お話をさせていただきました。

集会後には皆でぜんざいを頂き、フルーツやお菓子を食べながら親しく交わりをすることが出来ました。私が帰り支度をし、車に乗っていると、出席した男の子たちが 「面白かった。ありがとうございました。」と言って自転車に乗って帰って行きました。頴娃町でもクリスマス会が会場を借りて行われたことを感謝しています。

今年のクリスマスの集会の一つ一つが思い出深いものとなり、例年以上に感動を覚えるものとなりました。特に、教会員が子供たちに至るまでそれぞれ熱心に奉仕し、 仕えてくれたお蔭で、このような素晴らしいものが出来上がったと心から喜んでいます。

それぞれの教会員が賜物を精いっぱい出し合った結果、このような素晴らしいクリスマスの集会を実現することが出来たことを本当に感謝しております。

しかしこのとおり、神はみこころに従って、からだの中にそれぞれの器官を備えてくださったのです。もし、全部がただ一つの器官で あったら、からだはいったいどこにあるのでしょう。しかしこういうわけで、器官は多くありますが、からだは一つなのです。そこで、目が手に向かって、「私は ]なたを必要としない。」と言うことはできないし、頭が足に向かって、「私はあなたを必要としない。」と言うこともできません。それどころか、からだの中で比較的に 弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。・・・それは、からだの中に分裂がなく、各部分が互いにいたわり合うためです。・・・あなたがたは キリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。Tコリント12:18・・・27

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