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真のスポーツマンシップとは

世界中を興奮の坩堝と化したバンクーバーオリンピックもいよいよ終盤に入りました。各国の期待を背負って出場された 選手たちは激しいトレーニングを積み、この本番にそのすべてをぶつけて悔いのない戦いをされたものと思います。その 結果、勝った者も負けた者も見る私たちに深い感動を与えてくれました。

そのような中で日本代表のある選手が出国時の服装のことで物議を醸しました。先日もある高校生が新聞の投稿欄で 『制服は正しく着こなして初めて制服であると思う。』と書いていました。なるほど、正装としての制服とファッション 重視の私服との違いを語ろうとしているのだなと思いました。

私も近頃スポーツマンシップについていろいろ考えさせられています。先日は大相撲の横綱が暴行事件で引退を余儀なく されました。またその前はボクシングの選手の言動が問題になっていました。そのほか学生スポ−ツの選手が大麻に手を 出して逮捕されるという事件もありました。ですから、ここらでスポーツの目的とはどこにあるのか。もう一度原点に 返って考える必要があるのではないかと思います。

半成人式等で、子供たちの将来の夢を聞く時、スポーツ選手になりたいというのが圧倒的に多いのに驚きます。プロ野球 選手、サッカー選手、オリンピック選手等、スポーツ選手は子供たちの憧れと尊敬の的になっているのが分かります。

ですから、ただ強いだけでなく、技術が優れているだけでもなく、人間的に尊敬されるべき人格的に優れた人になって ほしいとつくづく思います。

また、一流のスポーツ選手にはそれが可能だと思うのです。彼らの素晴らしさは精神的な強さによって肉体を鍛錬して きたところにあります。肉体は、疲れた休みたい、眠りたい、もっと食べたい等すぐ弱音を吐いたり、貪欲、情欲等の 欲望や感情に振り回されたりします。しかし、スポーツ選手はそれらの肉の欲望を精神に従わせる訓練をします。彼らは 肉体を打ちたたいて精神に従わせることができるのです。

子供たちをスポーツ少年団等に入れる親御さんたちの多くは、プロのスポーツ選手にしてたくさん稼がせようと思って 子供たちに入会を勧めるのではなく、精神的なものすなわち、忍耐や根性、自分の肉の弱さに打ち勝てる強い人間になって ほしいと思ってそうするのではないかと思います。

もちろん、すべてのスポーツは勝つことを目指して鍛錬します。だから、厳しい訓練に耐えられるのだと思います。 しかし同時に、厳しい訓練を通れば通るほど精神的にたくましい、肉体の欲望をコントロールできる強い人間に成長して 行けるものと思います。

そうであれば尚更、目先の楽しみや自分の感情等に勝利している雄姿を子供たちに見せてほしいものだと思います。 スポーツマンシップにはそのようなものを求めたいと思います。

人間が肉の欲望に引きずられて生きるならば、その最後は滅びです。しかし、神様によって供えられた良心に従って肉の 欲望をコントロールするなら生きるのです。

ですから、兄弟たち。私たちは、肉に従って歩む責任を、肉に対して負ってはいません。 もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなた がたは生きるのです。ローマ8:12〜13

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