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母の日に寄せて

私の母は小学校の教師をしておりました。すでに他界しておりますが、私の内には母の遺してくれたものがたくさんあります。母は「しゃべるのが商売だから」と言って 良く話をしてくれる人で、私にもいろいろ話をしてくれました。

例えば、「猫は3年飼っても3日で恩を忘れる。犬は3日飼うと3年恩を忘れない。」と教えられました。母は、それがどういう意味かは詳しく話さなかったのですが、私は 犬でも3日育ててもらったら3年は恩を忘れないものだ。だから、動物以下の人間にならないように、ましてや3年育てても3日で恩を忘れてしまうような猫以下の恩 知らずな人間になってはいけないと言う意味だと受け取れました。

さらに良く教えられたのが、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」でした。人に認められ、尊敬されようになったり、人の上に立つようになるほど、謙って仕える人に なりなさいと言うことだと思いました。

そのほか「親より先に死ぬ(命を断つ)のが一番の親不孝」「石の上にも3年」とかたくさんのことを教えてくれましたが、中でも母が良く言っていたのは「子どもは親を 超える人間にならないといけない」と言うことでした。この言葉は自分が親になって最も思い出す言葉で、深く記憶に残っています。親を目指して生き、親くらいに なっても満足せず、それを超える人格者、人間性を備えてもらいたいという意味だと思いました。

ところで、母のことで記憶に残っていることと言えば、毎年母のところに挨拶に来られる親子連れがいました。その親子が「お陰さまで3年生になりました」 「お陰さまで4年生になりました」。と母に報告に来られるのです。1年のうちに2度来られた年もありました。

「お陰さまで小学校を卒業することが出来ました」。しばらくすると、中学校の制服を着て、「お陰さまで中学生になりました。」また、3年経つと「お陰さまで 中学校を卒業することが出来ました」。そしてしばらくすると、高校の制服を着て、「お陰さまで高校生になりました」と挨拶に来られます。同じように高校の卒業時も、 大学の入学時にもやっぱり挨拶に来られました。

私はその光景を傍らで見ていて、小学1,2年時に担任をした母への恩をいつまでも忘れないで挨拶に来られるこの親子は偉いなと思いました。それと同時に、 このように慕われる母は尊いお仕事をしているのだなと尊敬しました。

そのお陰で、運動会にも授業参観にも母に見に来てもらえなくてさびし思いをしましたが、母が尊いお仕事をしていることを思うと我慢することが出来ました。

私も一生懸命神様を第一にして生きて、子供たちが私を超え、孫たちがまた子供たちを超えるという目標を持って人生を歩んで行って欲しいと祈っています。

わが子よ。あなたの父の訓戒に聞き従え。あなたの母の教えを捨ててはならない。それらは、あなたの頭の麗しい花輪、あなたの 首飾りである。箴言1:8〜9

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