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感動的な結婚式

昨年10月のこと、私の旧知の友人であるM君が脳卒中で倒れて病院に運ばれ入院してしまいました。お見舞いに行くと、元気で活動的だった彼が、左半身が不自由に なり思うように動けないいらだちからか、看護師さんや周りの方々にいらいらをぶつけているように見えました。

私は彼と同じ旧友のT君と彼を見舞い時々訪れましたが、最初の頃は彼の語ることが上手く聞き取れなくて苦労しました。しかし、一緒に行ったT君は彼の話が 分かるようで、彼に普通に応答しているので不思議に思い、帰りに尋ねたら「大体、感で理解して話している。」と言っていました。

やがて、彼のリハビリが進むと、お話しも普通にできるようになってきました。また、彼も自分の現実を受け止め、イライラすることもなくなり、私が彼の回復の ためにお祈りすると、大粒の涙を流して「ありがとう。ありがとう。」と感謝するように変わりました。

さて、そのM君の娘さんが結婚式を挙げることになり、私がその式の司式をさせていただくことになりました。そこで、車いすの生活を余儀なくされている彼は、 結婚式で花嫁の父としてバージンロードを娘さんと歩いて入場する夢を持って前向きにリハビリに取り組み始めました。また、私たちも目標を達成出来るように励まし 続け、彼がバージンロードを歩いて入場できるまで回復するようにと毎朝家族で祈り続けました。

また、彼のリハビリを担当してくださる方も、彼の夢の達成のために励まし続け、献身的に協力してくださり、事前に式場のチャペルのバージンロードを歩く練習に もついて来て、助けてくださいました。

そして、先日遂にその結婚式の当日を迎えました。リハビリを担当してくださる方は、当日も彼の式場への入場の応援のため来てくださり、協力してください ました。

いよいよ式が始まり、出席者が着席を終えると、聖歌隊に続き私が入場して、「ただ今から○○と○○の結婚式を始めさせて頂きます。」と会式を宣言致しました。 すると、パイプオルガンから結婚行進曲がゆっくり流れ始めました。しかし、いつもと違ってなかなか入場口のドアが開きません。

出席者の中に、上手く行っていないのかと不安と緊張が走ります。しかし、しばらくして入り口のドアがゆっくり開くと、彼とその傍らに立つ娘さん、それに お父さんの歩きをサポートするために二人の後ろに立つ息子さんの姿が見えました。

会衆の注視の中、娘さんとしっかり腕を組んだ彼が歩き始めます。1歩1歩、時間をかけて彼の足が前に進みます。彼の眼には涙があふれ、感激したご家族や会衆の 間からも歓喜の涙があふれて、感動的な入場になりました。

ふと、出席していた私の妻に目をやると、彼女も感動して涙を流しており、T君も目を赤くしてこの光景を見ていました。M君が一番前まで歩き終えて、新郎と、 新婦の引き継ぎの挨拶を終え、彼のために備えられた車いすにゆっくり座ると、彼は上手く出来た安心感からか安堵の表情を浮かべました。

私も感動の中にお二人の新しい旅立ちの司式を、心を込めてさせて頂きました。そして、素晴らしい愛のご家庭の建設のために祝福のお祈りをして、感動的な 結婚式を終えました。

友はどんなときにも愛するものだ。兄弟は苦しみを分け合うために生まれる。箴言17:17
そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が 希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。ローマ5:3〜5

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