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120415

たまご探し

先週の日曜日は復活祭でした。教会でも復活礼拝を行い、子供たちのノア☆愛ランド(教会学校)ではたまご探しをして楽しい時を過ごしました。

たまご探しは赤や黄、緑や紫色のセロファンを巻いたゆで卵を教会の裏庭のあちこちにあらかじめ隠しておきます。それを子供たちが探しに行くのですが、簡単に 見つかる場所にあるものから、意外と難しい見つけ難い所に隠してあるものまで様々です。

例年まず小さい子から順番に探しに行きます。子供たちは会堂を出て、急いで裏庭に向かいます。そして、比較的簡単な所に隠してある卵を見つけ、喜んで両手に 掴んで帰ってきます。皆二つ探したらそれを両手に持って引き揚げることになっているからです。

たまご探しは大きい子になるにつれて難しくなって行きます。最初は「ない、ない。」と言ってあちこち探していた子供たちも、その内に巧妙に隠された卵を 捜し出して「あった、あった。」と喜んで持って帰ってきます。

なぜこの教会の復活祭にたまご探しをするのかと言うと、それは神の御子イエス様が私達を閉じ込めていた死の力を打ち破って復活して下さったことを、固い殻から 新しい命が生まれて来る卵になぞらえ、それを楽しいゲームにして行っているのです。

神の御子イエス様は人となって生まれて来てくださって、私達の犯した罪の身代わりに罰を受けて死んでくださいました。しかし、イエス様は神様ですから死んだ ままでいることはありません。そこで、弟子たちに次のようにあらかじめ預言していました。「私は祭司長、律法学者に捕まえられ殺されます。しかし、3日目に 復活します。」と。しかし、弟子たちはその意味が分からなかったので、まともに考えずに聞き流してしまいました。

イエス様は預言通り殺され、墓に葬られましたが、3日目に復活されました。女たちが墓に行くと、墓は空っぽになっていて、復活のイエス様に出会いました。 しかし、その復活のイエス様に会った女たちの証言を聞いても弟子(使徒)たちは信じられませんでした。

そして、墓から戻って、十一弟子とそのほかの人たち全部に、一部始終を報告した。この女たちは、マグダラのマリヤとヨハンナと ヤコブの母マリヤとであった。彼女たちといっしょにいたほかの女たちも、このことを使徒たちに話した。ところが使徒たちにはこの話はたわごとと思われたので、 彼らは女たちを信用しなかった。ルカ24:9~11

弟子たちが信じられなかったことも、ある意味仕方がないことです。一度死んだ者がよみがえるというのは、私達の経験や理性ではにわかに信じがたいことです。 しかし、3次元の時間と空間に縛られない霊的な神様にとっては何ともないことなのです。

イエス様はマルタの弟ラザロが死んだ時にマルタに次のように言われました。

イエスは彼女に言われた。「あなたの兄弟はよみがえります。」マルタはイエスに言った。「私は、終わりの日のよみがえりの時に、 彼がよみがえることを知っております。」イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きて いてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」彼女はイエスに言った。「はい。主よ。私は、あなたが世に来られる神の子 キリストである、と信じております。」ヨハネ11:23~27

イエス様は私達を閉じ込めていた死と言う固い殻を打ち破って復活して下さいました。ですからイエス様を信じる人々に死の力を打ち破って復活する希望が 与えられたのです。

「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」死のとげは罪であり、罪の力は律法です。しかし、 神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。Ⅰコリント15:55~57

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