121007
子供とお父さんの遊園地
ある牧師から次のような話を聞きました。彼は貧しかったので中学を出て材木屋さんで働きました。毎日毎日材木の中で真っ黒になって働きました。当時彼の 材木屋の近所に大きな材木問屋があって、そこの社長は立派な家に住み、まだ車が珍しかったころ車に乗って出かけていました。彼はそれを見ながら、自分もやがては そういう風になりたいとあこがれていました。
しかし、彼は途中で神様を信じるようになり牧師になりました。ある時彼の元に相談に来られたご婦人がおられました。見ると彼があこがれていた材木問屋の 奥様でした。そして奥様が言われました。「わが家は地獄です。…」
皆さん。どんな豪邸に住んでいても、自由で楽しい生活があっても・・・。その家庭に愛がなかったら、喜びがなかったら、平安がなかったら、希望がなかったら 決して幸せを感じることはできません。
例えば、お父さんが明日は遊園地に連れて行ってあげるよと子供に言います。子供にとっては夢にまで見ていた遊園地です。その日は嬉しくて、興奮して夜も 眠れないほどでした。
あくる日、遊園地に着くとそこには楽しい遊具がいっぱいです。彼は嬉しさのあまり、走り出していろいろな遊具に乗って楽しみました。そして、ふと気付くと お父さんがいません。迷子になってしまったのです。
彼の心から喜びが奪われ、悲しくて泣きだしました。また、不安と恐れでいっぱいになり平安も奪われました。泣きながらお父さんを探しても見つかりません。 子供の足で、この広い遊園地の中、大勢の人ごみの中からお父さんを探すなんて不可能です。彼はやがて絶望してしまいます。
彼の周りには楽しい遊具がいっぱいです。彼は今夢にまで見た遊園地にいるのです。幸せの絶頂の中にいるはずの彼が、泣いています。彼の心は悲しみと不安と恐れで いっぱいです。
一方お父さんは心配してずっと探していてくださいます。そして、ついに彼を捜し、彼の前に立つのです。すると、彼はお父さんの胸の中に飛び込みます。 お父さんが抱きしめてくれると、彼の中にお父さんの愛が流れてきます。悲しみが晴れ喜びが湧いてきます。
彼の心に不安と恐れがなくなり、平安へと変わります。彼の絶望は希望に変わります。そして、彼がお父さんに言うのです。「お父さん勝手に離れて行って ごめんなさい。」そして彼は、本当の幸せはお父さんと共にいることであると知ります。
それと同じことが私たちに起こっているのです。私たちは財産を沢山持つこと。名誉を得ること。権力を持つこと。快楽等によって幸せを得ようと考えます。 しかし、それらを得ていてもまだ幸せを感じられません。
それらの物によっては、愛を実感できないのです。湧きあがる喜びがないのです。心は不安と恐れにいつも襲われています。混沌とした世の中、将来に対する 希望もありません。
それは、私たちをつくり生かしておられる父なる神様から離れ、ほかのことで幸せを得ようと躍起になっているからです。
父なる神様は言われます。私の眼にはあなたは高価で尊い、私はあなたを愛してる。
神は愛です。神はあなたが喜びで満ち溢れる生活をおくることを望んでおられるのです。
神は平和の神です。あなたの不安や思い煩いに勝る神の平安を与えます。
神は希望の神です。あなたが絶望の淵にある時、あなたに希望と生きる力を与えて下さいます。
父なる神様のもとに帰ることが、まことの幸せを実感する唯一の道なのです。父なる神様はあなたを受け入れてくださり、平安と喜びがあなたのうちに 湧いてきます。
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 マタイ11:28